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東京地方裁判所 昭和37年(行)75号 判決 1963年11月12日

判   決

東京都大田区新井宿二丁目一四六一番地

原告

大橋光雄

右訴訟代理人弁護士

津田騰三

誉田実

入江一郎

桐生浪男

東京都千代田区霞ケ関三丁目四番地

被告

文部大臣

荒木万寿夫

右指定代理人

家弓吉巳

片山邦宏

落合紹之

平間修

波多江明

右当事者間の昭和三七年(行)第七五号調停委員任命無効確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

1  被告が、昭和三七年七月一〇日学校法人紛争の調停等に関する法律に基づき原告を学校法人名城大学の紛争当事者としてした調停手続開始の決定が無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

右の申立が適法と認められないときは

1  被告が、昭和三七年七月一〇日学校法人紛争の調停等に関する法律に基づき学校法人名城大学の紛争につき開始した調停手続において原告を当該調停に係る当事者と指定した決定が無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立

本案前の申立

1  本件訴を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

本案についての申立

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、原告の主張

(一)  原告は、昭和三五年二月学校法人名城大学の理事長に就任し、今日に至つている。

(二)  被告は、多年続いている学校法人名城大学の紛争について「学校法人紛争の調停等に関する法律」(昭和三七年法律第七〇号、以下単に調停法という。)を適用し、昭和三七年七月一〇日同法に定める調停手続を開始する決定をし、大浜信泉ほか三名を学校法人紛争調停委員(以下単に調停委員という。)に任命するとともに、同法施行令第二条により原告らを当該調停に係る当事者に指定した。

(三)  しかしながら、調停法は次の理由により憲法違反の法律であるから、同法による調停開始決定および同法施行令による当事者指定行為は無効である。

(1) まず、調停法は、調停委員の示す調停案を当事者が受諾しなかつた等の場合には「当該学校法人の正常な管理及び運営を図るため他に方法がないと認めるとき」という要件のもとに当事者を解職する権限を所轄庁たる被告に与えているが、これは憲法第一一条、第一二条、第二二条に違反する。すなわち、何人も、職業選択の自由を有し、適法にその職業に従事する限り、当該事業が国家資本によつて経営されている場合、あるいは国家よりの補助金交付という理由で国家の監督に服することが特別法あるいは定款に定められている場合を除き、その職業遂行上紛争が生じたからといつて、あるいはその経営が下手だからといつて、強制的に行政措置をもつてその地位を追われないという権利を有する。国家資本によつて経営されているわけでも国庫の補助をうけているわけでもなく、また国家の干渉をうけることを定款に定めてもいない学校法人名城大学の理事者の任免に国家が干渉することは右の憲法上の権利を害するものである。

かりに、私立大学の公共性という見地から私立大学の経営にある程度国家の監督が及ぶことを認めるとしても、国家が私立大学の理事者の地位に干渉しうるには、その理事者が法律に違反したとか、不正行為をしたとかの理由がなければならず、単に調停に応じないというような理由(「解職しなければ当該学校法人の正常な管理及び運営を図ることができないと認めるとき」というような要件は漠然としていて有名無実のものである。)によつて理事者の任免に干渉することは許されないから、このような理由で理事者等の当事者を解職する権限を被告に与えている調停法は、憲法の前記法条に違反し無効であるといわなければならない。

(2) 次に、調停法は、同法に規定する調停委員の示す調停案を受諾しない当事者を所轄庁が解職できるとしていることにより、結局、当事者に調停案を受諾することを強制するという意味で強制調停の定めをしていることになり、何人も公開の法廷における対審および判決による裁判所の裁判をうける権利を奪われないことを定めた憲法第三二条、第八二条に違反する(最高裁判所昭和二六年(ク)第一〇九号昭和三五年七月六日大法廷決定参照)、すなわち、調停法は、私立大学役員間に紛争のあることを前提としているが、その紛争は、訴訟の対象となりうる性質のものであるから現に訴訟事件として裁判所に係属していると否とを問わず訴訟事件であり、しかも本件紛争は現に訴訟事件として裁判所に係属しているから訴訟事件たることは疑いないところ、訴訟事件については何人も公開の法廷における対審および判決による裁判所の裁判をうける権利を有するのに、調停法は、調停の成立について一応当事者の合意を予定しているものの、当事者全部の間に合意が成立しないときは調停委員全員の一致をもつて調停案を作成してこれを当事者に示し、当事者がこれを受諾しないときは所轄庁においてその当事者を解職するという当事者にとつて最も手痛い制裁を用意することによりこれに心理的圧迫を加えて調停案の受諾を強制し、名を調停にかりて調停委員が法律上の争訟ににつき対審公開の方式によらず関係者を拘束する判断すなわち実質上の裁判をなすことを許している点で、前記憲法第三二条、第八二条に違反する。

(3) 第三に、調停法は、右のように当事者が受諾を強制される調停委員の調停そのものに対して何ら不服申立ての方法を定めておらず、調停そのものを裁判所において訴訟の方式をもつて争う余地を与えていない点で行政機関が終審として裁判を行うことを禁じた憲法第七六条第二項に違反する。すなわち、行政作用は行政機関に相対する立場にある当事者に対する権利創設の作用であるのに対し、裁判作用は相対立する二人以上の当事者間の権利関係の存否につき相容れない主張がありその間に裁断を下す作用であるとすれば、調停法にいう調停はまさしく裁判作用に属するものというべきところ、このような場合、公正取引委員会の審決に対し不服があれば東京高等裁判所に提訴できる旨の規定(私的独占の禁示及び公正取引の確保に関する法律第七七条以下)とか特許庁の審決等に対して不服があれば東京高等裁判所に提訴できる旨の規定(特許法第一七八条)とかのように、調停そのものに対する不服申立ての規定を設けていない以上、行政機関が終審として裁判を行うことになり憲法の右条項に反することは明らかである。なお、被告の解職処分に対し行政訴訟をもつて争いうることは右結論を左右するものではない。

(4) 最後に、調停法は、その成立の際に国会の議員団と被告との間に、同法は名城大学の紛争を解決するためにのみ適用されるべき旨の秘密の約束がなされているが、このように一つの事件のみの解決に資するものは行政措置であつて憲法で認められた「法律」ではないから、この点でも調停法は違憲である。

(四)  以上の次第で、調停開始決定自体、原告の法律上の地位に不利益を与えるものであることは明らかであるから、原告は、原告を紛争当事者とする調停開始決定の無効確認を求めるが、もし調停開始決定と当時者指定決定が手続的に別個の処分であり、調停開始決定自体は原告の法的地位にかかわらないとしてその無効確認を求める申立が不適法とされるならば、予備的に原告を当該調停に係る当事者と指定した決定の無効確認を求める。

二、被告の主張

A  本案前の主張

(一) 原告の主張(一)の事実は知らないが(二)の事実は認める。

(二) しかし、調停開始決定は、調停委員をして学校法人紛争を解決するため当事者の間の調停を開始させる旨の行政行為に過ぎないのであつて当事者の法律上の地位に何らの影響も及ぼすものではないし、原告を当事者に指定した行為を調停開始決定のうちに含めて把握しても原告は当事者に指定されたことによつて調停委員による調停をうけることになるだけでこれによつて何らの不利益をうけるものではないから、調停開始決定は抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえない。また、原告を当事者に指定した行為を一個独立の行政行為として把握するにしても、この行為の性質が右のようなものである以上、無効確認訴訟の対象となる行政処分にあたらないことは同様である。のみならず、原告は、右にのべたように、調停開始決定によつてその法律上の地位に何ら不利益をうけるものではないから、原告の本訴請求は訴えの利益を欠く不適法なものである。なお、当事者たる学校法人の役員が調停に応じない等の場合にうけるかも知れない解職という不利益処分は、調停法第一〇条に規定する要件を具備してはじめて行われる行政処分であつて、調停開始決定や当事者指定行為があれば法律上必然的にそのものが解職される関係にあるわけではないから、調停法に右のような解職の制度が設けられているからといつて、本件訴が不適法であることに変りはない。

B  本案についての主張

原告の主張(三)は次に述べるとおり失当である。

(一) (三)の(1)の主張に対し

調停法は、学校法人紛争の解決を目的とするものであつて、当事者の解職を目的とするものではなく、調停法第一〇条に規定する要件を具備したときに始めて解職処分を行うことができる旨定めているに過ぎないから、違憲ではない。

(二) (三)の(2)の主張に対し

当事者は調停委員の示す調停案を拒否しても、必然的に解職されることになるわけではなく、これにより直接に法律上事実上何らの不利益をうけるものではないから、当事者は調停委員の示す調停案を受諾するか否かを自由に決することができるのであり、調停法第七条第六項も当然そのことを予想している。そして、解職処分に付された場合にはこれに対し行政訴訟を提起できるのであるから、十分に自己の権利を擁護する方法が確保されており、調停委員が調停案を示して行う調停を強制調停であるとし、調停法を違憲であるとする原告の主張は失当である。

(三) (三)の(3)の主張に対し

憲法が第七六条第二項において「行政機関は終審として裁判を行うことができない。」といつている場合の「裁判」とは、民事上または行政上の争訟を裁定し、または犯人に刑罰を科する等、法律上の争訟について関係者を拘束する裁断を行う作用をいうものと解されるが、調停法にいう調停とは紛争を解決するために関係者の間を斡旋することであつて、右の意味での裁判を行うものではないから、違憲の問題を生ずる余地がない。したがつて、調停が裁判であることを前提として、調停法が違憲であるという原告の主張は失当である。

(四) (三)の(4)の主張に対し

調停法は、なるほど学校法人名城大学の粉争を契機として、制定されたものではあるが名城大学の紛争の処理のためにのみ適用するという秘密の約束が被告と国会の議員団との間にあつたことは争う。また、かりに、調停法が原告主張のように名城大学の紛争の解決のみを目的とした立法であるとしても、一つの学校法人の紛争を解決するためには行政措置しかとりえず、立法措置はとりえないという道理はないから、原告の主張は主張自体失当である。

したがつて、本件調停開始決定ないし当事者指定行為には何ら違法な点はない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、本案前の問題について

(一)  被告が、多年続いている学校法人名城大学の紛争について調停法を適用し、昭和三七年七月一〇日同法に定める調停手続を開始する決定をし、大浜信泉ほか三名を調停委員に任命するとともに同法施行令第二条により原告らを当該調停に係る当事者に指定したことは当事者間に争いがなく、(証拠―省略)によれば、原告は、昭和三五年一〇月二一日名古屋地方裁判所の仮処分判決により学校法人名城大学の理事たる地位を有することを仮に定められ、昭和三六年二月一八日同大学理事会において理事長に互選され現に理事長の職にあることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  ところで、被告は、調停開始決定は、当事者の法的地位に何ら影響を及ぼさないから、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当せず、また原告は右決定の無効確認を求める訴えの利益を有しないと主張するので、この点について検討する。

なるほど、抗告訴訟の対象となりうる行政庁の行為は、その相手方その他の利害関係人を拘束しその法的地位に影響を及ぼす行政庁の権力行為でなければならないが、調停行為は当事者間に紛争がある場合に当該当事者間の合意の成立をはかるため当事者間を斡旋する行為に過ぎず何ら当事者を拘束する力をもたないから、このような調停を開始させる旨の決定は抗告訴訟の対象となる行政行為とはいいえないように見える。

しかしながら、調停法の構造をみると調停が開始されると、じ後、調停手続が進行し、調停委員は、期日を定めて当事者(当該紛争に係る役員又は評議員をいう。)に対し、出頭を求めてその意見をきき、又は資料の提出を求めることができ(調停法第五条)、調停成立前の措置として当事者又は当該学校法人に対し調停を困難にするおそれがある行為につき、必要な勧告をすることができ(同法第六条)、また調停委員の全員の一致をもつて調停案を作成してこれを当事者に示し、その受諾を勧告することができ(同法第八条)、当事者の全部又は一部の間に合意が成立し、かつ、調停委員がこれを相当と認めて調停書に記載したときは、当該当事者の間に調停が成立したものとされ(同法第七条)、所轄庁は、成立した調停の内容の実施について、当該調停に係る当事者若しくは当該学校法人から報告を求め、又は必要に応じて調査することができ、当事者が正当の理由がないのに成立した調停の内容を履行せず、又はその内容に違反したと認めるときは、当該当事者に対し、その調停の内容を履行すべきこと、又はその違反行為を是正するために必要な措置をとるべきことを命ずることができ(同法第九条)、当事者が、その命令に違反した場合において、当該当事者を解職しなければ当該学校法人の正常な管理及び運営を図ることができないと認めるとき並びに調停案受諾の勧告を受けた当事者で調停の成立しなかつた者を解職しなければ当該学校法人の正常な管理及び運営を図ることができないと認めるときは、当該学校法人又は当該当事者に対し解職又は辞職を勧告することができ、この勧告による解職又は辞職がなされない場合において、当該学校法人の正常な管理及び運営を図るため他に方法がないと認めるときは、当該勧告に係る者を解職し、かつ、解職した者の後任者の選任について、当該学校法人に対し、必要な指示をすることができる(同法第一〇条)のである。

すなわち、調停開始決定は、それがなされた後においては、当該紛争に係る役員等の当事者は、調停委員から、その権限に基づき、出頭を求められて意見を聞かれ、又は資料の提出を求められ、調停案受諾の勧告を受け、さらに調停法第一〇条に定める要件のもとに所轄庁による当該学校法人に対する解職の勧告又は直接当事者に対する辞職の勧告を受け、さらに解職処分までも受けることになる等の法的効果をもつのであつて、これらは、解職処分を除き、直接当事者の権利を侵害するものとはいえないにしても、当事者の法律上の地位に著しく不利益な影響を与えるものというべきであるのみならず、調停開始決定は解職という当事者の権利に対する直接重大な侵害となりうる処分の前提をなす行為である(所轄庁が解職処分をするについては、調停手続のほか、さらに別個の手続を経なければならないが、その手続の前に調停手続を経なければならないのであるから、調停開始決定は解職処分の前提をなす行為であることは明らかである。)から、このような点から考えて、調停開始決定は抗告訴訟の対象となりうる処分であるものというべく、また、当該学校法人の紛争に係る役員たる当事者は調停開始決定が違法であるときは、その無効確認を求める法律上の利益があるものというべきである。したがつて学校法人名城大学の理事長の職にあり、しかも本件調停開始決定とともに被告から調停に係る当事者に指定されたこと前述のとおりである原告は本件調停開始決定の無効確認を求める法律上の利益を有するものというべく、原告の本訴請求は適法であるといわなければならない。

二、本案について――調停法は憲法違反の法律か。

(一)  調停法は、当事者を解職する権限を所轄庁に与えている点で憲法第一一条、第一二条、第二二条に違反するという主張について

私立学校は、その特性にかんがみ、できるだけ自主的に管理運営されるべく、私立学校の経営者には自らの創意と責任において学校を管理し運営してゆく自由が認められなければならないことはる、説明を要しない。

しかし、このよらに、私立学校には自主性が認められその経営者の経営の自由が十分尊重されなければならないとはいつても、もともと学校は公共性を有するものであつて私立学校もその例外ではない(教育基本法第六条参照)から、公共的見地よりする所轄庁の監督が私立学校に加えられることを否定すべき理由はない。それだからこそ、私立学校法も学校法人の設立、管理、解散の各面にわたつて所轄庁に種々の監督権を認め、特に学校法人が法令の規定に違反し、又は法令の規定に基づく所轄庁の処分に違反した場合においては、他の方法により監督の目的を達することができない場合に限り、当該学校法人に対して解散を命ずることができる(同第六二条)ものとし、さらに助成をうける学校法人に対しては、業務・会計の状況に関し報告を徴し予算の変更を勧告し、当該学校法人の役員が法令等に違反した場合において当該役員を解職すべき旨を勧告し、これらの措置に従わなかつたときはその後の助成をやめるものとする(同法第五九条)こと等を定めているのであつて、このように、公共の見地から必要がある場合に、所轄庁が私立学校に対して監督権を行使することを認めても、憲法第二二条等の規定に反するものとはいえないのである。もつとも、所轄庁による監督も、法律で定めさえすればいかなることも許されるというものではなく、そこにはおのずから一定の限界があるものと解すべきであり、その限界は右の自主性および経営の自由よりの要請と公共性よりの要請との調和点に求められなければならない。このような見地から調停法を眺めてみよう。

調停法には、当事者が調停委員全員の一致をもつて作成された調停案を受諾しなかつた場合等に当事者を解職する権限を所轄庁に与えている第一〇条の規定が存するが、これによると調停案を受諾しないという事実のみが解職の要件となつているのではなく、「当該学校法人の正常な管理及び運営を図るため他に方法がないとき」ということが要件とされていることは明らかである。右の要件は抽象的で一見漠然としており、しかも私立学校法第五九条の規定と異なり当該役員の責に帰せられるべき非行の存在を何ら要求していない点で、もし所轄庁が紛争の解決を急ぐあまり法の運用を誤れば弊害を生ずるおそれなしとしない。しかしながら、右の要件は抽象的で一見漠然としているとはいえその有無が行政庁の恣意的な認定に委ねられているのではなく(このことは解職処分の前提としての解職勧告をするには主として私学関係者によつて組織される審議会に諮問すべきこととされていることからもうかがわれる。)、公平な第三者がみて当該役員を排除することが私立学校の公共性を維持するために真に已むを得ない(そして真に已むを得ないかどうかは、終局的には個々の事案ごとに裁判所の判断に委ねられるであろう。)ときにのみ解職の要件が充たされるものと解釈すべきものであり、このような限度で私立学校の自主性と経営者の経営の自由(これは役員の営業の自由という意味で憲法第二二条の職業選択の自由に含まれるであろう。)に対し学校の公共性を優先させることは公共の福祉からみて許されるものといわなければならない。したがつて、調停法に前記規定が存するからといつて調停法が憲法に違反して当事者たる役員の人権を侵害し営業の自由を奪うことになるとはいえない。

(二)  調停法は、何人も公開法廷における対審および判決による裁判所の裁判をうける権利を奪われないことを定めた憲法第三二条、第八二条に違反するという主張について

調停法は、調停の成立について一応当事者間の合意を予定しているけれども、当事者間に合意が成立しなくても、調停委員が全員の一致で調停案を作成してこれを当事者に示し当事者がこれを受諾しないときは、学校法人に対する解職勧告または直接当事者に対する辞職勧告を経たうえ、「当該学校法人の正常な管理及び運営を図るため他に方法がないとき」という要件のもとに当該当事者を解職する権限を所轄庁に与えていることは前述したとおりである。したがつて、解職は調停法第一〇条の要件を具備して始めて行われるものであり、当事者が調停案を拒否したからといつて必然的に解職される関係にないことは明らかである。

しかし、当事者の側からすれば、調停案を受諾しないときは、解職されるおそれが生ずるから、心理的にみて前記第一〇条の規定が存することが当事者に受諾を強制する作用をもつことは否定しえないであろう。原告は、この点を把えてこのような調停は強制調停であり、このような調停を定めた調停法は何人も公開法廷で対審および判決による裁判所の裁判をうける権利を奪われないことを定めた憲法第三二条、第八二条に違反すると主張するのである。しかしながら、調停委員の示す調停案は、法的にはあくまでも裁判ではなくて、調停案に過ぎないから、当事者はこれを受諾しないで、裁判による紛争の解決を求めうることはいうまでもない。

当事者が調停案を受諾せず調停が成立しなければ解職されることがありうるが、その解職は右に述べたように当該学校法人の正常な管理運営を図るため他に方法がないため公共の必要に基づきやむなくされるものである。すなわち解職は調停不成立後の公共の必要に基く別個の処分であつて調停案の受諾を強制するためのものではないから、調停が不成立のときは後に解職されることがあるからといつて、これによつて当事者が調停案の受諾を強制されるものということはできない。このことはあたかも、訴訟の当事者が裁判所の和解勧告に応ぜず裁判上の和解が成立しなかつた結果、後に裁判において敗訴することがあるからといつて、これによつて当事者が和解を強制されるものといえないのと似ている。のみならず、当事者が調停案を受諾すると調停が成立したとみなされる(調停法第八条第三項ないし第五項)が、調停法においては、調停成立の効果に関し原告の挙げている最高裁判所の決定で問題とされた金銭債務臨時調停法第七条の調停に代わる裁判に与えられている(同法第一〇条参照)ような「裁判上の和解と同一の効力」したがつて確定判決と同一の効力は与えられていないから、調停案受諾により調停が成立したとみなされても、前記第九条および第一〇条等の関係を除けば私人間の裁判外の和解の成立と異なるところはなく、この点においても右調停案受諾による調停の成立は金銭債務臨時調停法第七条の調停に代わる裁判と同日に論ずることができない。したがつて、調停法の調停の対象となる紛争が訴訟事件となりうるとしても、当事者は、同法による調停によつて、公開の法廷における対審および判決による裁判所の裁判をうける権利を侵害されるわけではなく調停法が憲法第三二条、第八二条に違反するとはいえない。

(三)  調停法は、行政機関が終審として裁判を行うことを禁じた憲法第七六条第二項に違反するとの主張について

調停法による調停によつて当事者は調停案の受諾を強制されるものではなく調停案の受諾によつて調停が成立したとみなされてもこれによつて裁判がなされたものということができないことは前記のとおりであるから、これに対し不服の申立を認めないとしても(調停にかしがあるときは調停の効力を前提問題とする訴訟等においてその効力を争いうることはいうまでもない。)行政機関が終審として裁判を行うことにはならない。したがつて、調停法は憲法第七六条第二項に違反するという原告の主張にはくみすることができない。なお、原告が挙げている私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第七七条以下の規定や特許法第一七八条の規定は、当事者の受諾を前提とする調停に関するものではないのみならず、むしろ公正取引委員会の審決や特許庁の審決等に対する司法審査を一定限度で制限(すなわち、一審の省略公正取引委員会の審決に対してはさらに事実認定の機能の制限等)する点に意味をもつのであつて、もとより、右の判断を左右するものではない。

(四)  調停法は特定事件についての行政措置であつて憲法上認められた「法律」とはいえない違憲の法律であるという主張について

かりに調停法の立法の過程において被告と国会の議員団との間に原告主張のような約束があつたとしても、調停法はその約束のような学校法人名城大学の紛争という単一の事件のみを規律する法律として成立したものでないことは法文上明白であるから、調停法がそのような法律であることを前提とする原告の主張は理由がないことが明らかである。

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし(なお、予備的請求は第一次の請求が適法と認められない場合のものであるから、これについての判断は示さない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 位野木 益 雄

裁判官 田 嶋 重 徳

裁判官 小笠原 昭 夫

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